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福岡高等裁判所 昭和31年(う)1346号 判決 -11357年 8月 01日

控訴人 被告人 松原竹市こと鄭聖洪

検査官 西川伊之助

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中三〇日を本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人諌山博提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

同控訴趣意第一点、第二点について。

よつて外国為替及び外国貿易管理法並に外国為替管理令の規定を検討するに、同法第四五条には、政令で定める場合を除いては何も支払手段、貴金属、証券又は債権を化体する書類を輸出し又は輸入してはならない、と規定して支払手段等の輸出入禁止の原則を明らかにし、これに対する除外例として同令第一九条を設け、第一項、法第四五条の規定により制限又は禁止された支払手段、貴金属、証券又は債権を化体する書類(以下支払手段等という)の輸出又は輸入について大蔵大臣の許可を受けた者は、その許可を受けたところに従つて当該支払手段等を輸出し又は輸入することができる。第二項、前項に規定する場合の外、左に掲げる場合には同項の大蔵大臣の許可を受けないで支払手段等を輸出し又は輸入することができる、第二号、身辺装飾品、調度品、しゆう集品又は大蔵大臣の指定するその他の用途に供される貴金属で本人の私用に供されるものを携帯輸出し、又は携帯輸入する場合と規定して輸出入をなし得る場合を認めている。しかし輸出又は輸入せんとする支払手段等が果して同条第一項の許可を受けたところに従うものであるかどうか、或は第二項各号の許可を受けないで輸入できる場合の条件を具備するものであるかどうかについては、相当機関による正規の認定を俟たなければこれを確定するに由なく、その実効を期し得ないことは勿論である。さればこそ、同令第二〇条において、支払手段等を輸出し、又は輸入しようとする者は大蔵省令で定める手続により、当該支払手段等の輸出又は輸入が前条の規定により許可を受け、又は認められたものであることについて税関の確認を受けなければならないと規定を設けた所以である。而して法律が権利と義務を併せ規定した場合に義務を尽さずして権利のみの享受が許されないことは法律解釈の当然の帰結と謂うべく、かかる法理と前記立法趣旨に徴すれば支払手段等の輸出又は輸入をなさんとする者にして同令第二〇条所定の税関の確認を受けるの義務を尽さないときは、如何なる場合においても同令第一九条第一項又は第二項各号所定の条件を具備し輸出入をすることができる場合に該当するものとは認められない不利益を受けるものと解するのが相当である。これを本件について観るに、本件ダイヤ入金指輪一個が身辺装飾品にして被告人においてこれを指に嵌め私用に供するものとして輸入したこと所論のとおりであるが、被告人は輸入に際し右事項につき税関の確認を受けていないから、右指輪の輸入は同令第一九条第二項第二号所定の条件を具備せる輸入を認められたものとは謂い難く、従つて同法第四五条の禁止規定に違反して輸入されたものと断ぜざるを得ない。原審が右と同趣旨の見解の下に本件ダイヤ入金指輪一個を同条に違反して輸入したものと認定し且つこれが没収を云渡したのはまことに相当であつて、原審の措置に所論の如き法令違反は存しない。論旨は理由がない。

同控訴趣意第三点について。

しかし、本件記録に現われた被告人の性格、年齢、境遇、並びに犯罪の情状その他諸般の事情を考究すれば、所論の情状を参酌しても原審の被告人に対する刑の量定はまことに相当で、これを不当とする事由を発見することができないので、論旨は採用することができない。

そこで刑事訴訟法第三九六条に則り本件控訴を棄却し、なお刑法第二一条に則り当審における未決勾留日数中三〇日をその本刑に算入する。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西岡稔 裁判官 後藤師郎 裁判官 中村荘十郎)

弁護人諌山博の控訴趣意

第一点原判決は外国為替及び外国貿易管理法第四五条及び外国為替管理令第十九条第二項の解釈適用を誤つている。原判決は被告人が所持していたダイヤ入り純金指輪一個が、被告人の身辺装飾品であることを認定しながら、被告人は右指輪について税関の確認をうけていないので、外国為替及び外国貿易管理法第四五条違反の犯罪を構成するものとしている。しかしながら、同法第四五条及び外国為替管理令第十九条第二項の解釈上、単なる身辺の装飾品を身につけて入国することは、大蔵大臣の許可も税関の確認も要しないものである。したがつて、被告人が入国するときにダイヤモンド入り純金指輪一個を所持していたことは、外国為替及外国貿易管理法第四五条に違反しない。これに反する法律の適用をした原判決は、同法第四五条及び外国為替管理令第十九条第二項の解釈適用を誤つたものであり、この誤りは原判決に影響を及ぼしているので原判決は破棄さるべきである。

第二点原判決が、その主文において、被告人の所持していたダイヤ入り純金指輪一個を被告人から没収したのは違法である。本控訴趣意第一点に述べたよりに、右指輪は、判示第二事件の犯行の組成物件ではないから、没収すべきではない。しかるに右指輪を違法に没収した原判決は、破棄を免れない。

第三点原判決の刑の量定は不当である。原判決の事実認定及び法律適用がすべて正しいとしても、被告人に対して懲役一年の実刑を言渡した原判決の刑の量定は、いささか重すぎる。被告人は密航の事情を「私は昭和二年頃から二十七年頃迄日本に居住していたのでしたが、その頃朝鮮に帰り、一ケ月位居て再び日本に密航して来る途中本件で逮捕されたのでした」(一六九丁)と述べている。被告人は永く日本に居住していて、日本で相当の事業を経営していたが、戦前からの日本と朝鮮の深いつながりから、どうしても朝鮮に行かねばならない事情が生じて、本件に及んだものである。各国間の交通自由は、もともと人類に与えられた天賦の人権のひとつであるが、これが政治上の理由からあるていどの制限をうけることは、止むを得ないことである。しかし、政治的考慮からなされるその制限は、それだけ天賦の人権をおさえつけることになるから、渡航を制限される本人にとつては、きわめて非人間的な、不自然な重圧になる。とくに、わが国と朝鮮のように十年前は同一国家として取扱われていたような場合には、なおさらのことである。朝鮮人による出入国管理令違反事件を裁くにあたつては、このような基本的立場を無視することはできない。密入国、密出国という犯罪は本来は反倫理的反規範的なものではなく、人間性の要求によつて、国策上の制限を破るという一種の行政犯とみるべきものである。このような立場から被告人の行為をみるならば、それが懲役一年もの実刑に値いする犯罪とはとうてい考えられない。もつとも本件では、出入国管理令違反事件のほかに外国為替及び外国貿易管理法違反事件も、公訴事実の対象になつている。しかしこれは、出国または入国した被告人が、たまたま現金や貴金属を身につけていたというだけのことによるものであつて、被告人の犯罪の情状をとくに重くするほどのものではない。被告人は本件公判の途中、裁判所の召喚に応ぜず、保釈取消の処分をうけており、このことは被告人に一時改悛の情が薄かつたことを物語る一証拠とみることはできようが、しかしそれもまた止むを得ない家庭の事情によるものであつて、情状としてそれほど敵視するほどのこととは考えられない。被告人の経歴、家族、職業、地位、交友関係、その他諸般の情状を併せて考慮すると、原判決の刑の量定は過重であるから、原判決破棄のうえ、さらに減刑を希望する。

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